想いを形にする。ということ

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贈りもの

大切な人にプレゼントを贈ったり、感謝の気持ちを相手に品物として贈ったりしませんか?貰うだけだよという人も贈りっぱなしだなぁという人もプレゼントに出会う場面はあると思います。どちらにしても送り主が届けたい気持ちの一つのカタチですね。何もプレゼントを相手に贈りなさいという意味ではありません。少なくとも気持ちを伝える手段の一つとしてプレゼントが存在しているということが言いたいわけです。

言葉を伝える、あるいは伝わるという状態はプレゼントを贈ることとは違いますよね。たとえば想いを伝える手段として「言葉」を選んだのなら文字にしないといけませんよね。それに伝える相手のことを考えて言葉を選ばないといけません。

某芸人さんが言っていたように日本語は難しいです。行間もあるし、独特のリズムや別の意味を持つ言葉だってある。表現していくこと=言葉を生み出すこととすると日々の会話が相当高度な技術のように思えてきます。

それでも伝えたい

人は一人ではなく常にどこかで誰かとつながっています。親しさは置いといて、と前提にしておきますが、すれ違う人だってつながりのある人かもしれません。ただ、出会うきっかけがなくてすれ違ってしまっただけです。そこに想いののった言葉があれば交流が始まるかもしれませんね。

歩いていて宣伝車をみかけた時のこと。音量が大きくて肝心の内容が入ってこないこともしばしばですが、それでも伝えたいから宣伝車が走っていることに気付きました。何を伝えたいかが伝わらなかったわけですけど何かを伝えたいということは伝わってきました。音量がもう少し小さくて伝えたいことが何か私が分かっていれば、ひょっとしたらつながっていたのかもしれませんね。

私は宣伝車から「伝えたいこと」よりも「何かを伝えたい気持ちであること」を受け取りました。肝心なことがなに一つ伝わってこなかったわけです。ですが、自分の日常に置き考えたとき、ふとある思いに至ります。

それは「伝えたい何か」が仮にあるとして伝える努力をしているのだろうか?ということ。聞いてもらえないと途中で諦めてはいないだろうかと。
それでも伝えたい、きっと伝えたいーそんな意志があるならば手段は選びつつも出し惜しみしてはもったいないとさえ思えてしまいました。

一歩ずつ

どんなに頑張っても最初からすべては伝わりませんよね。一つ一つ相手に伝えることで距離が縮まったり、信頼に変わったり少しずつ変化が伴うものでしょう。焦る気持ちもあるかもしれません。時に失敗して凹むこともあるかもしれません。ですが、伝える努力が続いていけば、良い方向へ想いがカタチになる日は近づくでしょう。

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